「毎朝いい匂いがして、行列ができていて、なんだかパン屋は儲かりそう」。 開業の相談で、いちばんよく聞く言葉のひとつです。
でも実際に開業した人が最初につまずくのは、**売上ではなく「売上から引かれるもの」**のほうです。月に150万円売れていても、手元に残るのが20万円ということは普通に起こります。逆に、月商100万円台でもきちんと生活できている店もあります。
この記事では、パン屋の売上が手元に届くまでの通り道を、ひとつずつ数字で分解します。専門用語には説明をつけました。数字が苦手でも、表を上から順に見ていけば分かるようにしてあります。
パン屋は儲かるのか|結論は「月商」ではなく「残る割合」で決まる
先に結論を書きます。
パン屋が儲かるかどうかは、業種ではなく次の4つで決まります。
| 決まる要素 | 中身 | パン屋での効きやすさ |
|---|---|---|
| ① 客単価 × 客数 | 1人あたりいくら買うか × 何人来るか | ★★★ 立地でほぼ決まる |
| ② 粗利率(あらりりつ) | 売上から材料費を引いた残りの割合 | ★★☆ 60〜70%が目安 |
| ③ 固定費 | 家賃・人件費・光熱費など、売れなくてもかかるお金 | ★★★ 光熱費が重い |
| ④ 自分の労働時間 | オーナー自身が何時間働くか | ★★★ 見落とされがち |
※粗利率=(売上−材料費)÷売上。「材料代を引いたあと、いくら残るか」の割合です。
パン屋は②の粗利率は悪くありません。小麦粉や砂糖から作るので、仕入れて売るだけの商売より材料費の比率は下げやすい業種です。 問題は③と④です。オーブン・ホイロ(生地を発酵させる機械)・冷凍庫を毎日長時間動かすので光熱費が重く、仕込みが深夜〜早朝に始まるのでオーナーの拘束時間が長い。 ここが「思ったより残らない」の正体です。
パン屋の売上は「客単価 × 客数 × 営業日数」でしか決まらない
売上の作り方はシンプルです。難しい計算はありません。
売上 = 客単価 × 1日の客数 × 月の営業日数
月26日営業(週1休み)で計算すると、こうなります。
| 1日の客数 | 客単価600円 | 客単価700円 | 客単価800円 |
|---|---|---|---|
| 60人 | 93.6万円 | 109.2万円 | 124.8万円 |
| 80人 | 124.8万円 | 145.6万円 | 166.4万円 |
| 100人 | 156.0万円 | 182.0万円 | 208.0万円 |
| 120人 | 187.2万円 | 218.4万円 | 249.6万円 |
この表で見てほしいのは、「客数を増やす」より「客単価を100円上げる」ほうが、たいてい簡単だということです。
- 客数を60人→80人にする=新しいお客さんを毎日20人連れてくる(かなり大変)
- 客単価を600円→700円にする=1人あたりパンを1個多く買ってもらう(工夫で届く)
しかも客単価アップは、材料費は増えても家賃も人件費も光熱費も増えません。増えた分の多くがそのまま残ります。
月商150万円のパン屋、手元にいくら残るのか(モデル試算)
ここからが本題です。売上150万円が、どうやって減っていくかを見ます。
前提:地方郊外・約10坪・イートインなし。オーナー1名(製造)+パート2名(1日合計10時間)。家賃12万円、月26日営業、月商150万円。 ※これは実在する特定店舗の実績ではなく、編集部が前提を置いて計算したモデルです。立地・業態・仕入先で大きく変わります。
| 項目 | 金額 | 売上比 | ひとこと |
|---|---|---|---|
| 売上 | 1,500,000円 | 100% | — |
| 原材料費(小麦粉・バター・具材) | 465,000円 | 31% | 粉と油脂の相場で上下する |
| 廃棄ロス(売れ残り) | 75,000円 | 5% | 焼いた分が売れ残ると全額損 |
| 人件費(パート) | 260,000円 | 17.3% | 時給1,000円×10時間×26日 |
| 家賃 | 120,000円 | 8.0% | — |
| 水道光熱費 | 135,000円 | 9.0% | オーブン・冷凍庫が重い |
| 包装・消耗品 | 30,000円 | 2.0% | 袋・トレー・トング |
| 広告・その他経費 | 45,000円 | 3.0% | チラシ・SNS・通信・保険 |
| 設備リース・修繕積立 | 40,000円 | 2.7% | 機械はいつか壊れる |
| 費用合計 | 1,170,000円 | 78.0% | — |
| 差引利益(オーナーの取り分) | 330,000円 | 22.0% | 税金・返済を引く前 |
ここで終わりではありません。この33万円から、まだ2つ引かれます。
① 借入の返済 開業資金1,000万円を7年・年利2%で借りた場合、返済は月およそ12.8万円。利益ではなく現金から出ていきます。
② 税金と社会保険料 所得税・住民税・国民健康保険・国民年金。個人事業なら、おおよそ利益の2〜3割を見ておく必要があります。
| 段階 | 金額 |
|---|---|
| 差引利益 | 330,000円 |
| − 借入返済 | −128,000円 |
| = 生活に回せるお金(税・保険料の前) | 約202,000円 |
月商150万円のパン屋で、手元に残るのは月20万円前後。 これが多くの人の想像とのギャップです。

「思ったより残らない」を作る3つの犯人
犯人1:廃棄ロス(売れ残り)
パン屋の最大の特徴は、**「売れてから作る」のではなく「作ってから売る」**こと。夕方に残ったパンは、翌日は定価で売れません。
ロス率が変わるだけで、手元の金額はこう動きます(他の条件は上の表と同じ)。
| ロス率 | 月の廃棄額 | 差引利益 | 上の表との差 |
|---|---|---|---|
| 3% | 45,000円 | 360,000円 | +3.0万円 |
| 5%(基準) | 75,000円 | 330,000円 | ±0 |
| 8% | 120,000円 | 285,000円 | −4.5万円 |
| 12% | 180,000円 | 225,000円 | −10.5万円 |
ロス率が5%から12%に増えただけで、年間126万円の差になります。パートを1人増やすかどうかより、ロス管理のほうが効きます。
犯人2:光熱費
オーブンは1台で家庭用エアコン数台ぶんの電気を使います。さらにホイロ(発酵機)、冷凍庫、冷蔵ケース、エアコン。これらが毎日12時間以上動きます。
飲食店の光熱費は売上の5〜7%が目安と言われますが、パン屋は8〜10%を見ておくほうが安全です。しかも電気・ガス料金は自分ではコントロールできません。事業計画を作るときは、光熱費が1.2倍になっても回るかを必ず確認してください。
犯人3:オーナー自身の労働時間
ここが一番見落とされます。上のモデルで、手取り20万円だったとします。
- 仕込み開始 深夜3時 → 閉店・片付け 18時
- 実働1日13時間 × 月26日 = 月338時間
- 202,000円 ÷ 338時間 = 時給およそ590円
つまり、**「パン屋が儲からない」のではなく、「儲けを時給に直すと安い」**という状態が起こりやすい。逆に言えば、ここを改善できれば数字は変わります(後半で触れます)。
統計で見るパン屋の立ち位置|全国4万事業所の「小さな商売の集合体」
その場で焼いて売るパン屋は、統計上は「食料品製造業」に分類されます。全国の事業所数はこうです。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 食料品製造業の全国事業所数 | 43,766事業所 |
| 全97産業中の順位 | 33位 |
| 全事業所(5,287,701)に占める割合 | 0.8% |
出典:政府統計の総合窓口(e-Stat)「令和3年経済センサス-活動調査」を加工して作成
この数字の読み方が大事です。
- 巨大産業ではない。 全事業所の0.8%。国全体から見れば小さな世界。
- でも全国に4万を超える事業所がある。 つまり、少数の大企業が独占しているのではなく、小規模な事業所が全国に散らばっている構造。
- だから勝負の土俵は「全国」ではなく、半径1〜2kmの商圏。地方だからハンデ、ということはありません。
大手チェーンと同じ土俵で戦う必要はない、というのがこのデータの実務的な意味です。
開業前にいくら必要か(初期費用の目安)
パン屋がサービス業と決定的に違うのは、厨房設備が高いことです。
| 項目 | 目安 | 内容 |
|---|---|---|
| 物件取得(保証金・礼金・仲介料) | 100万円 | 家賃10〜12万円クラスの場合 |
| 内装・水道電気ガス工事 | 350万円 | 排水・電気容量の増設が要る |
| 厨房機器 | 450万円 | オーブン・ミキサー・ホイロ・分割機・冷凍庫 |
| 什器・レジ・冷蔵ケース | 60万円 | — |
| 看板・外装 | 50万円 | 郊外は視認性が売上に直結 |
| 包装資材・初期仕入 | 30万円 | — |
| 広告・ホームページ | 30万円 | — |
| 運転資金(6か月分) | 300万円 | 開業後すぐは赤字が普通 |
| 合計 | 約1,370万円 | — |
※編集部が一般的な構成で置いた目安です。地域・物件状態で大きく変わります。
圧縮する方法はあります。
- 居抜き物件(前のテナントの内装や設備が残った物件)を使う
- 中古の厨房機器を使う(オーブンは中古でも十分使えるものが多い)
- 運転資金を削らない(削っていいのは設備、削ってはいけないのが運転資金)
この3つで、900万円台まで下がるケースもあります。ただし運転資金だけは削らないでください。 開業直後は「まだ知られていない期間」が必ずあり、そこを越えられるかどうかで生死が決まります。
補助金・助成金(小規模事業者持続化補助金、ものづくり補助金など)が使える場合もありますが、注意点が1つ。多くの補助金は「後払い」です。先に自分で払い、あとから戻ってきます。つまり立て替えるお金が別に必要ということ。制度の内容・対象・公募時期は年度ごとに変わるため、最新情報は必ず公式サイトで確認してください。
手元に残る額を増やす4つの打ち手
打ち手1:客単価を100円上げる
1日80人・月26日なら、100円アップで月20.8万円の売上増。材料費を引いても月13万円前後が上乗せされます。
- コーヒーを150〜250円で置く(原価が低く、パンとの相性がいい)
- 惣菜パン・サンドイッチを増やす(1個の単価が高い)
- 3個セット・食パン+総菜の組み合わせを店頭で提案する
打ち手2:ロス率を下げる
- 焼き上げの回数を分ける(一度に全部焼かない)
- 冷凍生地を併用し、売れ行きを見てから追加で焼く
- 夕方の値引きルールを最初から決めておく(値引きは悪ではなく、廃棄ゼロより利益が残る)
打ち手3:販路を1本足す
店頭だけに頼らない、という発想です。
| 販路 | 単価 | ロス | 向いている点 |
|---|---|---|---|
| 店頭販売 | 高い | 出る | 利益率は最も高い |
| カフェ・飲食店への卸 | 低い | ほぼ無し | 数が読める=作りすぎない |
| 直売所・道の駅 | 中 | 出る | 地方は集客力が強い |
| イベント・マルシェ | 高い | 中 | 認知が一気に広がる |
卸は単価が下がりますが、**「何個作ればいいかが前日に分かる」**のが最大の価値です。ロスが消えるぶん、実は店頭より残ることもあります。
打ち手4:固定費を最初に設計する
家賃は月商見込みの8%以内を目安に。月商150万円を狙うなら家賃12万円までです。「いい物件だから」と18万円の物件を借りると、それだけで毎月6万円、年間72万円が消えます。固定費は開業後にはほぼ下げられません。 契約書にハンコを押す前が勝負です。
「自分で焼かない」という選択肢も比べてみる
パン屋には、数字とは別のハードルがあります。製造技術の習得に時間がかかることです。未経験からなら、修行や研修に年単位を見ておく必要があります。
「パンが好き」ではなく「自分の商売を持ちたい」が動機なら、設備が軽く在庫を持たない業種も比較対象になります。参考として、当サイト掲載ブランドの実数値を1つ挙げます。
お掃除のえる(お掃除・お庭サービス)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 初期費用 | 105万円〜 |
| 加盟金 | 30万円〜(キャンペーン適用時/通常200万円) |
| ロイヤリティ | 売上の25% |
| モデル売上 | 月商132万円 |
| モデル利益率 | 62%(オーナー1名稼働モデル) |
| モデル手取り | 約82万円(132万円 × 62%) |
→ ブランド詳細 ※金額は本部の公表値です。時期やキャンペーンにより変動します。また、これはモデルであって収益を保証するものではありません。実際の数字は地域・稼働状況によって変わります。
比較の読み方はこうです。
| パン屋(モデル) | 掃除サービス(モデル) | |
|---|---|---|
| 初期費用の目安 | 約1,370万円 | 105万円〜 |
| 在庫・廃棄 | あり(毎日発生) | ほぼ無し |
| 設備 | 厨房機器が数百万円 | 道具中心で軽い |
| 月商 | 150万円 | 132万円 |
| 手元に残る目安 | 20〜33万円 | 約82万円 |
| 技術習得 | 年単位 | 研修で立ち上がる |
同じくらいの月商でも、「残る構造」がまったく違うのが分かります。
ただし、これは「掃除のほうが良い」という話ではありません。パン屋には、自分の作ったもので人が笑うという、他では代えられない価値があります。大事なのは、その価値のためにいくら払っているのかを、開業前に自分で把握しておくことです。
フランチャイズを検討するなら、契約前に確認する5項目
もし加盟を比較するなら、最低限ここは聞いてください。
- 直営店の数と、その業績を見せてくれるか(本部自身が儲かっているか)
- ロイヤリティの計算根拠(売上比か定額か、何が含まれ何が別料金か)
- 途中解約の条件と違約金
- 加盟店の平均だけでなく、下位の店の数字も見せてくれるか(平均値は上位が引き上げる)
- 法定開示書面を、契約前に十分な期間くれるか(当日サインを迫る本部は避ける)
迷っている段階でこそ、聞いたほうがいい
最後に、順番の話です。
開業の相談で一番多い後悔は、**「物件を決めてから相談に来た」**というものです。物件を契約した時点で、家賃も立地も広さも固定されます。そこから逆算できることは、もうほとんどありません。
相談すべきタイミングは、物件を決める前。 具体的には、こんなことが聞けます。
- 今の自己資金で、いくらまで借りられるのか
- この立地で、1日何人来る計算になるのか
- 日本政策金融公庫の創業融資は、いつ動き出せばいいのか
- 使える補助金があるか、そのスケジュールは合うか
- パン屋以外に、自分の条件で成立する選択肢はあるか
開業ジャパンでは無料のLINE相談を用意しています。「まだ何も決まっていない」段階でも構いません。数字を一緒に置いてみるだけでも、次にやることがはっきりします。もちろん、相談したから何かを契約しなければいけない、ということはありません。
まとめ
- パン屋が儲かるかは業種では決まらない。 客単価×客数、粗利率、固定費、自分の労働時間の4つで決まる
- モデル試算では、月商150万円 → 差引利益33万円 → 返済後 約20万円(税・保険料の前)
- 「残らない」原因は廃棄ロス・光熱費・オーナーの拘束時間の3つ
- 初期費用は約1,370万円が目安。居抜き+中古機器で圧縮できるが、運転資金だけは削らない
- 統計上、パン屋が属する食料品製造業は全国43,766事業所。商圏1〜2kmの勝負であり、地方が不利とは限らない
- 数字を先に置いてから、物件を探す。順番を逆にしない
パン屋という選択が正解かどうかは、他人には決められません。ただ、**「いくら売れて、いくら残って、自分は何時間働くのか」**を先に把握しておけば、その判断はぐっと現実的になります。
自分にどんな開業スタイルが向いているのか、10問ほどの質問で整理できます。
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